序章
DX(デジタルトランスフォーメーション)はことごとく失敗する
前回の記事で、大企業のDX成功率は全体の7%というアビームコンサルティングの調査結果を共有しました。(出典:https://www.abeam.com/eu/ja/about/news/20201214)
海外においてもDXの成功率が低いことが指摘されています。
多くの企業がDXに関心を持ち、実際にDXに関する取り組みを始めている企業も多くある中、なぜ、これほどまでにDXは失敗に終わるのでしょうか?当然、各社ともDXによって実現する明るい未来を目指して取り組みをしているはずです。今回は、優秀な企業であっても失敗するDXの取り組みについて、少し深堀していきます。
経済産業省は、「DXレポート2.1(令和 3 年 8 月 31 日)」の中で、「目指すべきデジタル社会の姿」として次の3つを挙げています。
- 社会課題の解決や新たな価値・体験の提供が迅速になされる
- グローバルで活躍する競争力の高い企業や世界の持続的発展に貢献する企業が生まれる
- 資本の大小や中央・地方の別なく価値創出に参画することができる
ここで、筆者が最も重要だと思うポイントは、DXが成し遂げるのは「社会課題の解決や新たな価値・体験の提供」だということです。DXの目的は、データを使って業務を効率化することではありません。もちろん、業務効率を高めてリードタイムを短縮したり販売価格を下げたりすることも提供価値の一つと言えますが、これは既存の製品やサービスを早く安く届けるという範囲にとどまるものです。社会課題の解決や新たな価値・体験の提供というのは、まさにイノベーションそのものを指しているはずです。
DXが失敗する理由について前回の記事で触れましたが、今回は違う角度で掘り下げていきたいと思います。
DX(デジタルトランスフォーメーション)、デジタイゼーション(Digitization)、デジタライゼーション(Digitalization)の違い
DXの本質が、社会課題の解決や新たな価値・体験の提供だとすれば、企業がやるべきことは、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズに合わせて、製品やサービス、ビジネスモデル、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革すること、となります。データとデジタル技術を活用して、既存業務を「改善」することにとどまる活動ではありません。
ここで、デジタイゼーション(Digitization)、デジタライゼーション(Digitalization)、そしてデジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)という3つのコトバについて、整理して考えてみましょう。
■デジタイゼーション(Digitization)
デジタイゼーションとは、たとえば書類をデータ化して保管するというような、アナログ情報をデジタル化する局所的な改善のことを言います。だれもが容易に検索することができるようになるなど、業務の効率化やコスト削減が目的です。
■デジタライゼーション(Digitalization)
デジタイゼーションによってデジタル化された情報を活用して、業務プロセス全体をデジタル化する全域的な改善を「デジタライゼーション(Digitalization)」と呼びます。新しい顧客体験や価値の創出が目的です。
■デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)
デジタライゼーションをさらに発展させ、企業文化・風土を変革させることをデジタルトランスフォーメーション(DX)と呼びます。
これらの関係を図示すると以下のようになります。
この図は及川卓也氏の著書「ソフトウェア・ファースト(あらゆるビジネスを一変させる最強戦略)」で紹介された図を参考に筆者がカスタマイズしたものです。
A地点にいる企業は、まずアナログ情報をデジタル化するデジタイゼーションの取り組みが必要です。B地点にいる企業は、プロセス全体をデジタル化する全域的な改善、つまりデジタライゼーションの取り組みを進めます。そして、C地点に到達したときに、DXの取り組みを始めることができる、という順序が推奨されています。A地点にいる企業が、いきなりDXを推し進めようとしても無理だということです。
DXは、バックキャスティングで進めよう!
デジタイゼーション、デジタライゼーション、そしてDXの取り組みを段階的に進める必要があるとの指摘について触れました。
しかし、あえて私は、まずDXのゴール(ありたい姿)を先に決めることをお勧めします。
DXを通して、解決する社会課題や提供する新たな価値・体験を明確にした上で、デジタイゼーションとデジタライゼーション活動を進めよう、という提案です。
というのは、ゴールを決めていなければ、どのアナログ情報をデジタル化するか、どのプロセスを変革するかを判断できないからです。ゴールがあいまいなままにデジタイゼーションやデジタライゼーション推し進めると、それぞれが「場当たり的なもの」になってしまい、最終的にたどり着いた地点は理想から遠く離れていた(そもそも、理想があいまいなわけですが)、ということになりかねません。後工程で使用しない情報をデジタル化するのは時間とコストの無駄となります。
しかし現実には、ゴールを決めないで、やみくもにデジタル化を進めたり、DX関連のソリューションを導入したりする企業を何度も見てきました。「何の目的で導入したのか?」「具体的な導入効果は?」と問いかけても、はっきりした答えは得られず、何が解決したのかはっきりしない、もやっとした結果となっています。一方で、期首に掲げた「今期中にXXを導入する」という、部門目標は達成しているわけです。
DX推進に限らず、変革の実現を目指すときには、ゴール(ありたい姿)を明確にした上で、逆算して計画を立てることが肝要です。これを「バックキャスティング思考」と言います。
DXの推進にはグランドデザインが不可欠
DXの推進には、バックキャスティングによるグランドデザイン(全体構想)が欠かせません。どうでしょうか、皆さんはゴールを定めないで走り始めますか? 確かに、走りながら考えるという手法もあります。でも、考えてみてください。会社の変革という大工事でそれをやりますか? それはあまりにも危険ではないでしょうか。
ゴール(ありたい姿)を設定してから、ゴール到達までの取り組みを検討するというバックキャスティングには、WHY思考がかかせません。WHY思考と言うのは、なぜ、なんのために、だれのために、を問う思考で、「抽象化の思考」とも言います。ちなみに、HOW(どうやるか)を問うことを「具体化の思考」と言います。
定めるべきゴールは、自社にとって、社員にとって、顧客にとって、もっと言えば社会にとって魅力的なものであるべきです。皆が心から実現したいと思えるようなゴールであれば、実現する意義が大いにありますし、関係者に対して十分に動機づけができます。
いかがでしょうか。貴社のDXは関係者の皆が意味を理解し、実現したいと願っているでしょうか? もしそうでないなら、ゴール設定が明確になっていない、あるいは間違っているか、それともコミュニケーションが不足しているのかもしれません。
DXのグランドデザインを描き、バックキャスティングで考えれば良い。その通りです。素敵な未来像を描き、到達のためのルートを決め、関係者と共有し、協力し合って実現のために共に汗をかく。手段よりも目的の共有こそがカギなのです。このことは、おそらく多くのビジネスパーソンにとって周知のことでしょう。「そんなことは当たり前だ!」と叱られそうです。しかし、手段の目的化はいろいろな場所で発生しています。しかも、数多く。目的を定めてから手段を検討するのが筋だと理解しているにもかかわらず、それができない理由はなんでしょうか?
実は、バックキャスティングで変革を進めるときに生じる最大の困難は、私たちの習慣に起因しているのです。その習慣は大きな壁となって立ちはだかり、私たちを目的志向から遠ざけ、手段思考に引き戻しているのです。
次回の記事で、バックキャスティングでDXを設計する最大の困難である「ある習慣」について、踏み込んでいきたいと思います。