序章
経済産業省が発表したD X レポート(平成30年9月7日)で、国内でDXが進まなければ2025年以降、最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があると指摘されました。
DXを推進する企業が増える中で、DXがうまく進んでいない企業が多いのが現状です。アビームコンサルティングが2020年12月に公表した「日本企業のDX取り組み実態調査」によると、大企業のDX成功率は、全体の7%という結果でした。(出典:https://www.abeam.com/eu/ja/about/news/20201214)
その他、さまざまな調査機関から芳しくないレポートが発表されており、メディアからは、「デジタル敗戦濃厚」という記事が飛び交うほどです。
DXを進めたいものの、どこから手をつければよいのか(Where)、具体的に何をすればよいのか(What)、そもそもなぜDXが必要なのか(Why)がよく分かっていない企業も多いのではないでしょうか。
この記事では、筆者がクライアント企業のDX推進をお手伝いする中で発見した「DXが失敗する理由と成功のカギ」について、体験に基づく私見も交えながらご紹介します。
DX(デジタルトランスフォーメーション)って、ぶっちゃけ何なの?
そもそも、DX(デジタルトランスフォーメーション)をよく理解しないまま、「周りがDX、DX、と言っているし、当社も着手しないとマズい!」という恐怖観念からDX推進に着手しているケースを散見します。とにかく時代に乗り遅れてはいけない、ということで「DX推進部門」を作ったものの、いま一つモヤっとしている状況です。DXとは何か、自分たちは何をすれば良いか、どのくらいの予算を確保するべきかが明確になってなかったり、社内で認識が共有されていなかったりするケースが多いようです。
経済産業省によるDXの定義(2018年)は以下のとおりです。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」
なんだかよく分からないですね。シンプルにまとめてみましょう。
「データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズに合わせて、製品やサービス、ビジネスモデル、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革すること。」
こんな感じでしょうか。重要なキーワードは、「顧客や社会のニーズに合わせて」という部分です。顧客や社会のニーズというのは、常に変化していきますから、当然企業ものそのニーズに応えていかなければ衰退することになります。
DX推進が失敗する、たった一つの理由
DXの成功率が著しく低いという、各調査機関の生々しい報告を見聞きします。実はこの状況は、国内に留まりません。アメリカの戦略コンサルティングファーム大手のMcKinsey&Companyの調査(McKinsey Transformational Change Survey)によると、DXの成功率は全体の16%と報告されています。
なぜ多くの企業がDXに失敗しているのでしょうか。どうすれば失敗を避けられるのでしょうか。
DXが失敗する要素をあげると、DXのゴールが不明確、役割が不明確、IT知識不足、技術不足、時間が取れない、予算がない、業務やノウハウが属人化してブラックボックス化している、データベースやシステムが乱立し相互に連携できる設計になっていない、なんとなく他人ごとになっていて全社マターになっていない、評論家ばかりで自分で主体的に動く人がいない・・など、いくらでも出てきます。
解決すべき課題が多すぎて気が遠くなりますね。筆者は、企業の業務改革プロジェクトやDX及びそれに類するプロジェクトをサポートする中で、とても大切な視点に気が付きました。
それは、DXとは「新しく何かを付け加える活動」ではなく、「DXはデジタルを活用したBPR(Business Process Re-engineering)である」という視点です。つまり、DXとは既存の業務の上に、ITシステムを導入するという次元ではなく、変化する社会のニーズに対応できるように、既存の業務を抜本的に見直しし、再構築すること、つまり「経営改革」そのものということです。経営改革が必要ないのであれば、DXの導入も必要ありません。
たとえば、ほっておくと衰退する可能性がある業界や業種の場合は、既存の業務改善を継続するだけでは限界がありますから、抜本的な「改革」が必要になるでしょう。
企業の成長のために改革をする。その手段としてデジタルをフルに活用する。
この順序が大切であり、「デジタルを使って何をしようか」という発想は間違っています。
DXの成功に必要不可欠な、たった一つの法則
アビームコンサルティングは、DXの成功確率を高めるためには、下記の5つの要因が重要だと提言しています。
- 明確なDXビジョン
- 思い切ったヒトとカネの投資
- デジタル知見を有した経営陣の覚悟
- アジリティとダイバーシティのある組織
- デジタル教育と変革の意識付け
確かに、すべて重要で必要なことです。しかし、これらのことを同時に進めることはできませんし、どこからどのように着手すればよいか迷うところです。
よくあるのが、DX推進のための新しい部署を設置して、責任者を任命して「お前たちに任せた。定期的に報告せよ」という感じで推進するケースです。この方法では、うまくいきません。彼らには、ITベンダーを見つけて、新しいITを導入することはできても、他部門の業務プロセスを変革する権限がないからです。そもそも、他部門の業務プロセスを知らない人がその業務を変革することはできないでしょう。しかも、その業務は複数の部門にまたがって遂行されていますので、さらに複雑です。
DXはデジタルを活用する業務改革(BPR)であり、経営改革なのです。
したがって、DX推進において最も必要なこと、それは「経営者のフルコミットメント(全面的な責任)」において進めることに他なりません。
DXの失敗パターン、野球のルールでサッカーをプレイする
経営者のフルコミットメントによってDXを推進する際に、見落としてはいけないこと、それは業務を遂行する「人」の存在に目をやることです。この視点が抜け落ちると、DXは失敗します。
DXを推進するために、まず、企業の未来像を明確にし、その実現のためにデジタル技術をどう活用するかを整理し、経営ビジョンとして明確にします。そして、経営者のフルコミットメントにおいてDXを推進することを、社員に示します。
しかし、実際に行動するのは現場の社員であり、パートナー企業です。「決めたからやれ!」という号令だけでは、なかなか現場は変わりません。正確に言えば、「変われない」のです。
たとえば、野球では生活できないので、プレイフィールドを野球からサッカーに変えることを例に挙げます。競技が変わるため、おのずと守るべきルールが変わります。野球のルールのままサッカーをプレイしても良い結果にはつながりません。変革にはルールの変更、つまり社内制度の変更が必須となります。たとえば、DXを導入することで、推奨される社員の行動や身に着けるべき知識と技術が変わりますので、それに合わせて、教育や管理、そして評価制度なども変えなければ、野球のルールでサッカーをプレイするような現象が起こります。
社員はルールに従って行動します。したがって、社員の行動変容を促すには、ルールを変え、競技が変わったことを社員および関係者に伝える。そして、新しいルールを明確に共有し、徹底できるようにサポートすることが重要です。社員の行動変容がなければ、号令だけで終わってしまいます。
DXを成功に導く「切り札」は、業務マニュアル作成
ここまで、DXが失敗する要因を見てきました。ここからは、DXを成功に導くためのアプローチを考えていきます。
DXの推進では、社会や顧客に提供する商品・サービスの価値を高めるために、業務を再構築し、新しい業務プロセスを社内の標準プロセスとして設計、共有、運用しなければなりません。(あわせて、そのプロセスが正しく実行され、効果があることを確実にするための仕組みと管理が必要です。)
業務の標準化作業では、業務プロセスを再設計した上で、人がやることとシステムでやることを分離し、人の判断や行動のために必要な情報を整理します。業務設計ができれば、おのずと必要なシステムやデータが明確になってきます。つまり、業務を設計してから、システムやデータベースの要件を検討するという流れです。
誰もが同じ手順で業務を遂行するためには、社内規定や業務マニュアルの作成、共有、運用が必要です。業務マニュアルは、業務の手順だけではなく、だれもが同じアウトプットを出すために必要なコンテンツを包含します。
例えば、業務の目的、マインドセット、業務の準備と遂行の手順、安全衛生に関する事項、ありがちな失敗を避けるためのヒント、判断基準やチェックリストなどです。業務マニュアルは、紙である必要はなく、デジタルを活用することで力を発揮します。社員が安全で正しい行動をとれるように、業務プロセス(あるいはワークフロー)の中に、業務マニュアルを組み込んだツールを導入すると効果的です。動画なども有効です。
業務を進めながら、手順や注意ポイントが表示され、作業が終われば「完了」フラグを立てて、気づきなどのメモを残す。そうすることで、業務を回せば回すほど、社内にノウハウが構築され、必要に応じて業務標準がアップグレードされていきます。下の図のように、標準化、業務遂行、教育が連動しながら、継続改善のスパイラルを設計することが重要です。
赤い線が、継続的な支援と強化の仕組みです。この仕組みを構築することで、継続改善ができるようになります。
マニュアルというのは、「自社独自の業務標準」であり、他社との明確な差別化を図るための必須アイテム(あるいは「切り札」)となりますので、決して軽視すべきではありません。そして、業務マニュアルをDXに組み込むという発想が求められます。
DX推進に社員を巻き込む、コミュニケーションデザイン
ところで、DX推進における一番やっかいな壁は何でしょうか?
それは、社内における「社員の抵抗」です。これを取り払うための鍵がコミュニケーションデザインです。
DXは、「全体最適」の視点で推進しなければなりません。しかし、組織が大きくなると部門ごとに、役割と責任が与えられ、計画を立て、予算が割り当てられ、それぞれの責任において計画を遂行するようになります。結果、他部門との連携が希薄になり、ときには他部門に対する関心が薄くなり、部門最適が強化されていきます。部門最適は「平時」の組織として有効であり、変革が必要となる「有事」のときには、うまく機能しません。社内組織と管理が部門最適となっているなら、全体最適に発想と行動を切り替えるための働きかけと仕組みが必要になります。部門最適から全体最適に企業文化を切り替えることは容易ではありません。部門最適(野球)のルールを残しながら、全体最適(サッカー)でプレイすることはできないからです。
人は変化を拒み、抵抗します。管理も、評価も、判断も、行動もすべて部門最適の価値観に基づいて構築されている組織であるならば、「今日から変わろう!」と言う号令だけでは変わりません。
ありたい姿や危機感を共有し、仕組みや制度を見直しし、社員を動機付け、巻き込む方法を設計しなければならいのです。人が変化を拒む理由は、不安と恐れです。これらは、不信感や怒りに転じ得るものです。社員の不安と恐れを取り除き、変革推進に積極的に参加してもらうためには、「理解」ではなく「共感」に至るまでの、深度の深い、丁寧なコミュニケーションが必要となります。
「目標を達成するために、関係者との最適な関係を設計・構築する」技術をコミュニケーションデザインといいます。コミュニケーションデザインは、変革に必要不可欠な、業務を行う現場社員の積極的な協力を得ることを目的として、社員の感情を変え、行動を変えるためのコミュニケーション施策を設計します。
ほとんどの場合、DX推進において、社員や関係者の感情は軽視されています。しかし、恐れ、不安、不信感、怒り、あきらめ、などの社員の感情は、DX推進を妨げる要因となります。社員の立ち位置を「抵抗から協力」に転換するためのコミュニケーションデザインについて、ぜひ一考していただきたいと思います。DXの推進とコミュニケーションデザインについてご興味があれば、気軽にお声掛けください。
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