序章
最近の鉄道の駅には、ホーム柵やホームドアが設置されるようになり、おかげで線路への転落や列車との衝突の危険性は減少傾向にあります。しかし、ホーム柵があっても柵から体を乗り出したり、発車間際に列車にかけこんだりするとホームドアに挟まれたり列車に接触するなど、事故をゼロにすることはできません。
これは、製品(機械)に潜む危険(残留リスク)を知らなかったり、知っていてもそれに従わなかったりすることが原因です。
ここでは機械の取扱説明書を作成するうえで、「機械に潜む危険」つまり残留リスクを確実に伝えるための方法と注意点を紹介します。
取扱説明書へ記載する残留リスクとは?
機械を安全に使用し使用者の身を守るために、機械の使用上、潜在するすべてのリスクについて安全対策を施すとともに、残置されたリスクは、取扱説明書で危険性と対策をユーザーに伝える必要があります。
元々、機械を開発・設計する際、ユーザーの安全を確保するため、安全設計の思想に則りリスクを排除します。しかし、それでも機械の特性上、回避できないリスクが残ります。つまり「安全対策をしても残るリスク」これが「残留リスク」です。
残留リスクは、これを取扱説明書に明確に記載し、危険の内容、回避方法、危険の度合などを使用者に明確に伝えなければなりません。このことはISO/IEC等の国際的な規格や国家の法令で定められた決まりです。
また、残留リスク情報の記載に不備があると、その機械に起因した事故が発生した場合に「取扱説明書の欠陥」即ち「製品の欠陥」となり、PL訴訟時に製造者・販売者の責任が問われることになります。
取扱説明書は使用者の安全確保のための最後の砦!
残留リスクは、機械や製品を安全に使用するために知っておくべき必要な情報であり、ユーザーにより正しく理解されることが求められ、これを疎かにすると重大事故の原因になります。
残留リスクは、安全設計(保護カバー、安全策、インタロック等)を実施したうえで、リスクの残留個所やリスクの種類によって、次のような手段で明示することが望まれます。
・危険な個所に立ち入らせないようゾーニングをおこなう(危険範囲が広い場合)
・危険な個所に警告ラベルを貼る(危険範囲が狭い場合)
・取扱説明書に記載する(危険範囲の規模を問わない)
高温の大きな釜や、可動範囲の広いクレーンには警告ラベルは役に立ちませんが、 可動範囲の狭い部品に対して警告ラベルは有効です。しかし、取扱説明書で注意喚起する場合、可動範囲の広さには関係なく的確な注意喚起が可能です。このことから取扱説明書は、残留リスクを利用者に知らせるために重要なツールであり、安全確保のための最後の砦であることをお分かりいただけると思います。
さらに、機械に貼付する警告ラベルと取扱説明書の両方に残留リスクとその回避情報を記載すれば二重の注意喚起ができます。
<参考>
残留リスクについては、「残留リスクマップ」および「残留リスク一覧」を作成し、機械のユーザーに周知させることを、厚生労働省が推奨しています。
残留リスクを整理しよう
まず、取扱説明書に記載する前に残留リスクに含まれる情報を整理してみます。 ユーザーに伝えたいことは、以下の3項目です
<ユーザーに伝えたいこと>
・危険な個所を図で示す(リスクが存在する場所)
・危険の内容を示す(危険の種類)
・危険の回避方法を示す(リスクの回避策)
残留リスクの情報は、機械の設計者、販売者から入手してください。 リスクアセスメント資料と図面、写真等の情報が入手できれば、残留リスクを記載できます。
リスクアセスメントが実施されていない場合(あまり考えられませんが)、資料が作成されていない等、残留リスクについて記載するうえで的確な情報が得られない場合は、担当者へのヒアリングや実機取材等により情報を収集してください。
重要
原則、リスクアセスメントの実施とその結果は、製品やサービスの製造者・販売者の責任です。
また、これらのリスクアセスメントの記事は、マニュアル制作業者がメーカ様から依頼された取扱説明書の作成事例にもとづく参考情報です。
1.危険な個所を図で示す
危険個所を示すことができる図を準備します。紙図面でも構いませんが、設計者またはクライアントに図を依頼する場合は、加工しやすいようにできるだけCAD図由来のデータを依頼してください。
リスクアセスメント結果や図面、写真等の取材情報から危険個所をピックアップし場所を特定します。
<危険個所の例>
・むき出しの高圧電気通電部、可動部、鋭利個所
・指が入る隙間や開口部
・高温部(高温の気体・液体吐出含む)
・強い光、レーザー光
・高所作業をしそうな場所(人が乗る可能性がある個所)
2.危険の内容を示す
それぞれの危険個所について、危険の内容すなわち起こりうる限りの可能性を挙げてください。
<危険内容の例>
・感電の恐れあり
・火傷の恐れあり
・衝突の恐れあり(または「○○の落下」や「○○の飛散」など)
・手指の挟まれ(または「切断」や「押しつぶし」など)
・失明の恐れあり(または「難聴」など)
・転落・転倒の恐れあり(または「転落」や「つまづき」など)
本来この結果は、実施されたリスクアセスメントの結果と合致しているはずです。また、リスクアセスメントで、「取扱説明書に明示」という評価がなされた危険性については、取扱説明書に残留リスクの詳細を明示しなければなりません。
3.危険回避の方法を示す
それぞれの、危険を回避する方法を挙げていきます。
<危険回避の例>
・手を触れない(または「保護具を着用する」など)
・稼働中は近寄らない(可動部が大規模の場合)
・稼働中は手を近づけない(可動部が小規模の場合)
・のぞき込まない(または「保護具を着用する」など)
・登らない(または「保護柵のある足場を使う」、「安全帯を着用する」など)
残留リスクそれぞれに対し、最も効果的な対策を簡潔に挙げてください。
重要
本記事は、マニュアル制作会社の立場で実施したメーカ様(お客様)への製品使用上の安全確保と警告の記載に関する助言にもとづく参考情報です。
取扱説明書に残留リスクを記載する方法
最後にこれら危険個所、危険内容、危険回避方法の情報を取扱説明書にどのように記載すればよいのかを紹介します。
少しばかり、編集のテクニック論も差しはさんでいるので参考にしてください。
図を編集する
各々の図の危険個所に囲みやハッチを付けます。表示方法は統一してください。
それぞれの危険個所(囲み)に引出番号(通し番号)をつけます。
イラスト作成、版下編集ソフトではこれらの作業が可能ですが、Word等を使って引出番号を作成する際は、引出し線や番号は図データとグループ化しておくことをお勧めします。
また、図が小さくても視認性が確保できれば、表の中に組み込んでもよいでしょう。
しかし、図のデータには残留リスクを示す以外の余計な情報は、できるだけ記載しないでください。図に不要な情報が入っていると、読み手を混乱させ正しく伝わらないことがあります。
表組を利用する
作成した図の引出番号順に、危険個所、危険の種類、回避方法を表に記入していきます。
表が埋まると、残留リスクの説明が完成します。危険個所、危険の種類、回避方法が一目でわかるようになりました。
図は記載イメージです。(図は説明用です。実在しません。)
なお、残留リスクは、検索性を高めるため、もくじ項目として設けることを推奨します。残留リスクは、間違った操作や、禁止事項を無視することにより起こるリスクとは異なるからです。正しく使用しても避けられないリスクであるがゆえに、注意喚起が必要だということに留意ください。
まとめ
いかがでしたか。
本ブログでは、マニュアル作成担当者の立場から残留リスクをユーザーに確実に伝達する手段として、
・取扱説明書に残留リスクを記載する方法とその注意点
・記載のための適切な情報収集の方法
・入手した情報の解析方法
について紹介しました。
取扱説明書の本来の目的である「使用者の安全確保」という視点で参考にしていただければ幸いです。
ダイテックでは製造業のマニュアル作成改善を検討する際に、考慮すべきポイントをまとめた入門資料「安心と安全をカバーするマニュアルづくり 3つのポイント」「なぜ読むマニュアルから『見る3Dマニュアル』が増えているのか?わかるガイド」をご用意しました。
本資料は、マニュアル作成改善をしたい方には必見の資料です。ぜひダウンロードいただき、ご覧ください。